西表島での1年、大原簿記沖縄校での1年は遊び呆けてしまう。
しかし沢山遊んでわかったこと。
それは「今のわたしにとって税理士業が一番楽しい。」
〜 前回まではこちら 〜
「ふうふ(夫婦)税理士」という生き方〜プロフィール【参】
高校卒業後→西表島のスナックで住み込みで1年間を過ごす
十九の春
沖縄にはこんな切ない歌もありますがどちらかというと
浜田省吾「19のままさ」に近い心境で旅立ちます。
高校を卒業し、すぐに千歳発那覇行きの飛行機へ。
それから当時未だ就航していた旅客船に乗り込み石垣、
そして石垣港から西表島行きのフェリーへと乗り込む。
流れ男のさいごの止まり木に
辿り着いた店の名は「ぽけっとはうす」(スナック)
高校3年冬休みに北海道から履歴書を送る。
ママと名乗る女性と電話面接し、即日OK
今思えば誰でも採用していたんじゃないか疑惑あり。
しかし、なぜ西表島だったのか。
沖縄本島でも良いのでは?
イリオモテヤマネコが見たかった?
※西表野生生物保護センターにて
それとも山羊汁好きが高じて
イリオモテノラヤギ(野良山羊)を捕獲するのが目的だったのか?
※放し飼いの山羊、結構いてます。
西表を選んだ理由は・・・
沖縄離島情報誌に載っていた海が綺麗だったから。
単純!
もちろん石垣、宮古、そして慶良間諸島も素敵ですが
当時(から?)はなんとなく人と違う道を歩いてみたかった。
沖縄本島に次いで大きな島、というのにも魅力を感じて。
もちろん海、川、山、でメチャメチャ遊び
夜は夜でスナックでバリバリ黒子に徹し働く。
〜 西表島のスナックで働く様子はこちらから 〜
客層は地元、観光客、工事関連、怪しい輩と様々でしたが1年も働けばお客様を見る目も養われます。また深酒すると人が変わる方、笑い上戸に、泣き上戸、お客様同士がなかなかディープな話をし始めたり・・・
いやぁ水商売は面白い!若い頃、繁華街になぜあんなにスナックなるお店があるものか?と、いつも不思議に思っていましたから。2,000円ほどのジョニ黒がなんでオバサンと飲んで1万円もするんだよ!?
あぁ、こんなケチな考え方しかしていなかった自分が懐かしいぃぃぃ。
今なら話巧みなオバサンお姐様にちゃんとお支払い致しますm(_ _)m
初めての事ばかりであっという間の1年間。
当初1年滞在予定を「もう1年延長で!」と
考えていましたが島の長老や先輩たちから、
「オマエはまだ若い。あと1年暮らすと都会に戻れなくなる」
だとか、
「島が好きならもっと大人になってから来なさい」
と次々に告げられるものですから、それもそうだな(はい、心変わり早いです)と延長諦め予定通り?に島を離れ次の目的地、沖縄本島は那覇市へと向かうのであります。
これが20歳を迎える春のこと。
〈次回〜プロフィール編「二十歳は那覇で麻雀三昧」へ続く〉